軽めの仕上がり (はてな編)

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2017年のデジタルマーケティング展望 ( 後編:私の見立てを5つ)

 前編の「ふり返り」編が予定より長文になってしまったので、後編はなるべくコンパクトにまとめたいと思います。

takao-chitose.hatenablog.com


 タイトルに「私の見立て」とか「展望」とか入れてて我ながら恥ずかしいのですが、前編と後編でタイトル変える訳にも行きませんし、そもそも自分の影響力は半径1mくらいで面と向かって会話している時ぐらいでしか発揮されませんので問題無し。あくまでも私が勝手に思弁している炬燵レベルの話、という事で7割引きくらいで読んで頂ければ幸いです。

❖前編のサマリー

 前編では、2016年の2月に投稿した「海外メディアの2016 Digital Marketing Topic 予測まとめ」*1の中で紹介した海外のメディアやエージェンシーが示している2016年の展望に対して、彼ら自身が何かしらのレビューやふり返りをしたのか、というところを検証しつつ、私の感じた「それら予想に対する実感」をまとめました。

 結果としてほとんどのサイトはふり返っていないという事に軽い失望を感じつつ、「2017年も継続してウォッチする価値があるサイト」が絞込めたのは良かったと思っています。

 さて、2017年の展望として、前編ではキーワードだけ提示しましたが、後編では少し掘り下げて、「なぜそう思うのか」という理由を自分の言葉で説明したいと思います。ちなみに私の展望は以下の5つです。 

  1. デジタルマーケティングという言葉の陳腐化が始まる
  2. マーケティング職の分化が進む (オールラウンダーとニッチ)
  3. マーケティングオートメーションがもたらすチャネルコンフリクトの顕在化
  4. データハンドリングの困難さが際立つ
  5. B2Bにおけるダイレクト化、B2Cにおけるソーシャル起点の加速

 それぞれについて突っこんで書いたら安めの修士論文くらいのボリュウムにはなりそうな予感がしますので、なるべく「なんでそう思うのか」だけに絞っていきたいと思います。が、自信はありません。
 では順番に見て行きましょう。 

❖私の見ている2017年のマーケティング界隈の風景

1.デジタルマーケティングという言葉の陳腐化

 これはカスタマージャーニーやタッチポイントの多様性と、そこで得られる接点情報の活用という課題に対して 、デジタルマーケティングの話題でも中心的な存在であるマーケティングテクノロジーに対する期待値の高さを考えると違和感があるかもしれません。

    もちろんこうしたテクノロジーが今後のマーケティングにおいて重要な役割を果たす事に違いはありませんが、多様化を前提とした場合に消費者の充足感を究極に引き出そうとすると、行き着くところは「財のパーソナライゼーション」になると考えているからです。財のみならず、顧客が体験する一連の過程におけるパーソナライズの深化と言う競争軸はこれからも先鋭化すると考えています。
 この考え方におけるポイントは「一個人に対するパーソナライズ」だけでは無いという点です。複数人のグループ、数十から数百名程度の「小さなセグメント」に対してベストフィットするような経験価値の提供が大切になる、という事です。
 一番類似するのはライブやフェスですが、もう少し小規模。当事者の間での知覚差異は少ないイメージ。
 例えばスノーピークさんがやっている雪峰祭(せっぽうさい)、よなよなエールさんの超宴、若桜鉄道「隼駅を守る会」が主催する隼駅まつりなど。これらのイベント、「雪峰祭」は2000年から、「超宴」は下地となる同社の別イベント「宴」が今年の9月で27回目を数えますし、隼駅まつりは2016年に8回目という事で、昨日今日始めたものでは無いのですが、共通しているのは単一の商品の体験では無く、その商品をトリガーにして産まれるライフスタイルや価値観といった経験価値を提供している事です。そのイベント会場で小商いをする事は目的ではなく、お客さんが楽しめるものである事、Pride to Ownを感じることができるような機会を企業が用意している事です。ここが「自分達が伝えたい事を濃い目のお客さんに発信する場」という下心満載のイベントとの決定的な違いです。
 こうした取組みは、相対的にマーケットシェアが小さいブランドやニッチなブランドにおいてはある種のゲリラ戦、又は囲い込み戦術として古くから存在していましたが、「好きな人の集まり」から「価値観を共有する人の集まり」に昇華できたブランドについては市場におけるプレゼンスが増してきているのだと感じています。時代感覚的にも「時間と共有した経験 > お金と所有」みたいな価値観があると思っていて、イングレスの流行もこうした文脈で捉えています。
 ここで言いたいのは、この様な共創を具現化する取組みの重要性を考えた場合、デジタルかオフラインかという二項対立は無意味です。デジタルマーケティングだけを別物のように扱うのはいい加減やめた方がいい頃合いですね、という話です。

 

2.マーケティング職の分化

 これは1の延長線の話です。
 このような動きをある程度の規模の組織で展開しようとした場合、デジタルマーケティング、マーコム、広報といった機能分化した体制は非効率だ、という意味です。

     ベンチャーや小規模な会社では当たり前のように「ひとり三役」みたいな事が発生しますが、多分、そういう風に見てしまうのは自分が既に分業化された組織に浸かっているからです。当事者にしてみれば「私はひとり〇役」とかいちいち考えているよりも、「やらなければならない事」にフォーカスしているケースが多いと思います。実際、私もかつて数十人の会社で働いている時はそうでした。
 これは機能分化したマーケティング組織が悪いという話では必ずしも無くて、機能分化するほどにサイロが強くなってしまい、一貫性の無いマーケテイングに陥ったり、全社横断的な取り組みに際して社内調整に多くの労力を割いてしまう事がよくあるチャレンジだからです。これらに共通するのは顧客や市場から遠いところに対して多くの時間と労力を使わなければならない、という点です。
 かといって、X-MENのマグニートーのような人ばかりでは無いので、組織として対処してくことを前提にすると、どんな風に組織をデザインする事が必要なのかという事がここでのポイントです。求められるマーケテイング実務能力という観点で考えた場合、そこに対する私案は次の二種類に分かれると思います。

  • 定型・非定型なデータを構造化して、そこにマーケットと顧客のインサイトを組み合わせてマクロとミクロの両側面から現象を説明したり、それを徹底的にオペレーションに落とし込めるようなスペシャリスト型
  • そういった定性・定量のデータとインサイトとそもそものブランドの方向性に基づいて、自身の観察力と嗅覚でマーケティング活動全体の方向性、あるいは顧客セグメント単位でのアプローチやコンテクストがチャネル施策も含めて設計できるオールラウンダー型

 上記の二つの型は新しいものではありません。一般的にマーケティング担当者に求められる能力ですが、書き方を少し変えてみただけです。ただ、この2つを実現しようとすると、細かく機能分化した組織であるほど「組織の垣根を跨いでしまう」、「内製(インハウス)と外注(アウトソース) の垣根を跨ぐ」状態になるのではないかな、と思います。

 これら二つのマーケターの上に立つのがいわゆるディレクションを担う役割の人ですが、二種類の型をオーケストレーションしてマネタイズする能力が必須となります。こうしたトライアングルのマーケティング組織が機能するんじゃないかな、と、ここ最近の流れの中で感じています。

 

3.MAがもちらすチャネルコンフリクトの顕在化

 ここから少し各論に入ります。
 DTC(Direct to Consumer) という医薬品業界特有のワードがありますが、2016年は一般のブランドやリテール業界のForm 10-Kを読んでいる時にも目にする機会が増えてきたと思います*2
 リテールにおいてはアマゾンを筆頭にe-retailやECの台頭により、これまでの流通業としては、

  • スケールで戦うには消耗戦が待つばかり
  • 資源という意味ではメーカーやブランドに帰属するので手薄
  • End to End のブランド体験の提供は不可能

なので、2017年もPOP (購買時点)における専門性や付加価値提案という古くて新しい領域で小さな差別化を図るのが主たる戦略オプションになるかな、と見ています。もちろん、位置情報などを活用してデジタルとの融合を図る事は可能ですが、カスタマージャーニーの上流に行くほどリテールとしての立ち位置に踏み込む事にもなるので難しい課題だと感じてます。

 一方のマーケティングオートメーション(MA)に関してはある種の幻想も少し落ちついて、B2Bの領域においては2016年はABM ( Account Based Marketing ) などが主張されていました。もともとBusiness Marketing というのは「顧客=市場」と考えるのが前提ですので、その概念を踏まえている人からみると今さら当たり前の事に立ち戻っているようにも見えますが、その「当たり前」を支援するアーキテクチャとしてのMA活用を捉えていくのであれば良い流れだと思います。

 コンシューマ領域においても、CRM(購入者)、ソーシャル、アドテク、という3つのドメインで獲得しているアテンションやエンゲージメントをどのように循環あるいは連環させていくか、という課題は共通する部分だと思います。その意味で、2で言及したオーケストレーション出来る人がリードするトライアングル型のチームの重要性が高まるだろう、という事につながっています。
 何故かというと、そういうビックピクチャーは会議で合議するよりは、既に絵があるストラテジストやディレクターに信じて、time to marketを重視する事が重要だと考えるからです。計画ほ完全にロックしてからスタートするのでは無くて、会社全体のvalue streamから大きく逸脱していなければ、「先ずやってみる」= " Fail Fast, Learn a lot " が組織的に可能である事が重要と見ているからです。
 このような編成でものごとを進める場合、チャネルコンフリクトは避けられません。End to End のカスタマージャーニーを貫徹しようとする行為はチャネルをコントロールする事も含むからです。旧来のチャネルコンフリクトは、メーカーと流通のどちらが主導権を握るかという視点ですが、これからは消費者をもチャネルの一部と考える事が必要です。これ、すごく傲岸不遜な書き方ですが、客観的に見て「End to End のカスタマージャーニー」という時、購買後のユーザーの振る舞いが非常に大きな影響力を持っている事を考えれば、的外れとは言えないと思います。

 このあたりの動きは米国NikeとAdidas の戦いを観察していると感じる所がありますので、2017年はこの2社の比較も時折してみて自説の検証などもしてみたいと思います。

 

4.データハンドリングの困難さが際立つ

 これもやや実務的な話。
 実際、どこにどんなデータがあるかは分かっているけど、結合するのが一苦労というのは良くある話だと思います。ましてやビジネスがグローバルに展開している場合は、法律的側面(データの帰属) やプライバシーに対する考え方、組織内においては過去のシステムからの呪縛、属人化したデータ管理、シャドーIT等々、法文化の領域から情報システムに至るまで多岐にわたる要因が絡まっている事が現実には多いのではないかと思います。それだけに、カスタマージャーニー全域にわたるデータに対してガバナンスを効かせて主権を行使できる企業というのは少ないのでは無いかと思います。
 可能性があるのは垂直流通である自動車産業ですが、少なくとも日本においては「若者は自動車に乗らない」という言説が世相を語るテンプレみたいになっているくらいなので、今後の特定の年代における免許取得人口比率*3 やカーシェアリング市場の成長といったもので傍証出来るかと思います。

 これは煎じ詰めると、ここ10年くらい私の頭にこびりついている「顧客や市場を起点にしたグローバル経営」というテーマにも通じてきそうな気がするので、広がりすぎないようにしてこの辺で止めておきます。

 

5.B2Bにおけるダイレクト化、B2Cにおけるソーシャル起点の加速

 B2B (Business Marketing) においてはMAはまだ普及過程ですが、その実態としてはCRM的な視点でのe-mailに毛が生えたものから、カスタマージャーニーに合ったデジタルタッチポイントに対するトリガーとしてのe-mailにシフトしていくものと思っています。
 一方で、B2Bではdigital Nurture → In Person Activity → Pipeline生成というバトンリレーが一つのパターンになっていると思います。これは具体的には、e-mailやwebinar,Ad networkを通じたシンジケーションによりナーチャリングを進めつつ、 セールスステージの変わり目を掴む場としてのイベント、その後のインサイドセールスによるエンゲージ目的の架電というIn Person な活動をデジタルナーチャリングの後工程として配置するパターンが一般的だと思えるからです。*4
 これは法人向けのマーケティングの特性として理解できます。組織購買を決定するのはエモーショナルな部分ではありません。裏返すと「その企業が買うべきタイミングで買う」のがBusiness Marketing における購買行動の基本形です。そのタイミングを売り手がコントロールするのは困難ですので、顧客が発するパルスを見逃さないようにする為にMAで「保温」しておく顧客やターゲットと、人的資源を投下して「決裁」に進めるチャージするべきターゲットを選別出来れば全体最適に一歩近づきます。つまり、セールとマーケティングの融合が進む事になるのですが、これが最も進んでいるのがダイレクトビジネスの世界です。
 そういう意味で、B2Bのダイレクト化、デジタル化というのがより重要になるだろう、という見立てになります。ダイレクトビジネスはチャネルビジネスやパートナービジネスと比べて内部資源の質が成果に直結しますので、マーケティング職からセールス職へ転じるようなケースも今後は増えてくるのではないでしょうか。

  一方のコンシューマにおけるソーシャル起点ですが、既に1の「デジタルマーケティングという言葉の陳腐化が始まる」でも含んでいるのですが、企業と顧客の関係が「商品」から「価値観」といったものに軸足を移しているというのが私の感覚です。故に個人の価値観が伝播する場としてのSNSがマーケテイングにおいて主戦場である事は自明です。マーケティング部門としては、SNSの世界で織りなす伝播をモニタリングしつつ、優位な流れを加速させる為にどのようにマスメディアを巻き込むか、といった視点で設計するのが妥当と考えています。その場合、テレビであればブロードキャストされる事が強みでもあり弱みでもありますので、せっかくの盛り上がりに水を差さないように「買い方」と「使い方」には神経を使う事になります。
 いずれにしても、これまで絆、共感、協創といった言葉で言われている事の延長線ではありますが 、小さい塊をたくさん作ってインサイドアウトでそこから広げていく方が、ばら撒いて刈り取るアウトサイドインのような手法よりは長期的な成果という意味では適しているのかな、と考えています。

 

 ❖むすびにかえて

  上記の見立ては私が個人的に関心を寄せている事ですので、予測として当たっても外れても自らの日常の中で重視していきたいと考えています。
 ビジネスパーソンとしてはダイレクトビジネスが楽しいし、マーケティング的にも得るものが多いと考えているのですが、だからといって店舗を軽視している訳ではありません。ターゲティングにおいてテレビのGRPは非効率という見方がある一方で、ではデジタル広告の桁違いのインプレッションは何なのか、という疑問も成立する訳です。
 Comapny, Channel, Customer という3つのCがどのように連環していくのが良いのか、その三者における「三方よし」は成立するのか、という事がグローバルマーケテイングのベストプラクティスを説明する為の材料としてここ2-3年強い関心事項です。その意味で2017年からはオムニチャネルの部分をもう少し勉強して*5「作る・届ける・使う・語る」という4つのピボットで物事を見て行きたいと考えています。
 いずれにしても購入という行為はオンライン ( すなわちキャッシュレス) がマーケティングROI的には最も効率が良く、生活者にとっても利便性の点で軍配が上がる財のカテゴリが増えていると思います。一方で 、流行っているリテールがあるのも事実。語義としての「小売り」に留まらずに「より深化したアソートメントの提供」が出来ているかどうかを生活者の嗅覚はかぎ分けているのだと思います。リテール自身が目的地としてのマインドシェアを獲得しないと都心部では難しいでしょうし、違う意味で目的地化していた地方のイオンなどのショッピングモールはさらに厳しい戦いになるのではなかろうかと愚考しているところです。最近、田舎のイオンを観察していないので、正月に名古屋で見てこようと思っています。


以上、短くしたいと言いつつ後編も7000文字オーバーになってしまいました。
みなさまどうぞ良いお年をお迎えください。

※2017/1/10 文意を明確にする為に一部加筆修正

*1:海外メディアの2016 Digital Marketing Topic 予測まとめ - 軽めの仕上がり (はてな編)

*2:定量的に調べてないので感覚です

*3:20歳で免許持っている人の割合など。総人口が減っていくので絶対数で比較すると見誤る。

*4:少なくとも筆者の帰属しているITC業界においては、という話です

*5:話題のピークを過ぎてから腰が入る事が多い性格です