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NPS(ネット・プロモーター・スコア) に関する違和感と期待

 電通報って時々自分の目には無理筋と感じる論考もあるのだけれど、今回のNPSに関する論考は、自分の中にあるNPSに対する違和感、懐疑的な気持ちを考え直すきっかけになったので、そのあたりを整理してみた。 

dentsu-ho.com 

 

 前職ではイントラを開くとNPSが常に表示されていたのですが、NPSスコアの上下でビジネスそのものが上下に振れたような経験というか体感は残念ながらありませんでした。

 それでも多くの企業がNPSを採用しているという事は、Brand Reputationが新規顧客獲得に重要であり、それを左右するカスタマエクスペリエンスをどのようにマネージするか、に関心を寄せているからなのだと思います。当然、そこにはSocial Media における評判の形成というコントロール不可能なデジタルマーケテイングならではの課題がある事は言うまでも無いと思います。そういった問題意識で以下、進めます。

❖前提 : NPS (Net Promoter Score) とは何か

 Wikiに曰く。

Net Promoter or Net Promoter Score (NPS) is a management tool that can be used to gauge the loyalty of a firm's customer relationships. It serves as an alternative to traditional customer satisfaction research and claims to be correlated with revenue growth. NPS has been widely adopted with more than two thirds of Fortune 1000 companies now using NPS.

とあります。

  • カスタマーリレーションに対するロイヤリティを測るマネジメントツール
  • 従来の顧客満足度調査を代替するものであり、売上増加と相関があるとされる
  • NPSはFortune 1000の2/3 の企業で採用されている

 売上増加との相関の部分については、根底には「他の人に推奨する人が多ければ多いほど売上も増えるはずである」という考え方がある。

※NPSそのものが曖昧な人は以下ご参考。

www.nttcoms.com

顧客満足度との違い

 NPSは顧客満足度に対する代替指標として注目されている。では顧客満足とNPSの違いは何なのか、という点はこんな感じでよろしいかと。

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 もう少し踏み込んだ言い方をすると、

  • 顧客満足度 = ある消費行動後における当事者の内面的な評価 (過去志向)
  • NPS = ある消費行動後に推奨行動を取る可能性 (未来志向)

 こんな風に説明しても良いかもしれません。 

❖NPSに対する批判*1

 NPSに対しては、「顧客ロイヤリティを知る究極の質問」と銘打つだけに、これに対して否定的な意見も多岐に渡るようです。批判がたくさん出るアイデアというのはセンセーショナルだったり、画期的だったりと何かしらエッジが効いているものなので、それだけこのNPSがマーケティングコンサルティング界隈で重要視されている証左でもあります。主だった批判としては以下のようなものがあります。(日本語は意訳です) 

NPS does not add anything to other loyalty-related questions
>> その他のロイヤリティに関する質問と大差ない
NPS performs worse than satisfaction
>>満足度より役に立たない

NPS uses a scale of low predictive validity
>>信頼性の低い指標を用いている
Culturally-insensitive
>>文化的な違いを無視している
Less Accurate than Composite Index of Questions
>>総合的な調査と比べて精度で劣る
Fails to Predict Loyalty Behaviors
>>ロイヤリティを示す行動を予測するには足りない

  あらゆるアングルから批判されてますね。。。各批判の文献を読んでいる訳ではないので、ここでこれらを一つずつ検討する事は控えて、きっかけとなったコラムの方へ。

❖このコラムで論じられている事

  さて、NPSのおさらいはここまでとして、肝心の電通報で書かれている内容ですが、「IoT時代のエクスペリエンスデザイン」という書籍の発刊に事よせて、複数回に渡って書かれてきたコラムの最終回。

 エクスペリエンスデザイン = 顧客体験とかカスタマージャーニーの事だと思うのですが、それらとIoT、AIを結びつけて戦略づくりする事をアピールされています。ITベンダやデジタル系に進出しているコンサルが発信するようなコンセプトを広くさらったうえで、広告業界が主体的に語れるエクスペリエンスデザインと組み併せている感じです。一読した限りでは、半ば強引に論を進めているような読後感もありますが、顧客経験を重視していく事の大切さを説く為の処方箋としては上手くまとめている印象。

 この連載の最終回に、NPSを活用する話が出てきます。要点は、

  • NPSと収益レベルで9セルを作成する
  • 各マス目の顧客比率を時系列で見ていく
  • 豊かなエクスペリエンスが提供出来ていれば、総体的に右上のセルに寄っていく
  • 推奨意向の発生要因とセル間の移動を促す閾値が分かり、それに伴う売上の変化を見る事が出来れば経営の数値目標にも反映できる

 という具合。各セルの呼び方はともかくとして、NPSの算出過程で分割された三種類の顧客属性を収益性でさらに区分する事で、「態度」と「消費」の関係をもっと細かく見ていくことが出来るようになるので、考え方は有効だと思います。 

 

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http://dentsu-ho.com/articles/4182 

❖ここまで整理して感じる事

1) この9セル図について
  • 「中立」の取扱いが曖昧
    このコラムにある9セルでは、推奨意向「中程度」のサイコグラフィックがあまり明確に説明されていないことが気になる。これはそもそものNPSが持つ「中立」の取り扱いの曖昧さに起因していますので、こちらのコンセプト自体の問題では無いかもしれません。

  • 軸の取り方
    収益性とは別に「カテゴリに対する関与度」や「当該企業やブランドに対する
    Emotional Bonding の程度」といった尺度で同じように象限を切っていき、それらを重ね合わせたり時系列でみていく事も具体的なアクションを導出する上では必要だと思う。(そのような事はコラムでも示唆されていますが。)
     例えば、この9セルで言うところの「寡黙な常連客」というのは、もう少し普通の言い方をすると「低関与で一定の購買頻度が確認出来るセグメント」という事になると思うが、こうしたセグメントをしっかりと維持出来れば、立派な金脈と言えるので、盲目的に右上の「推奨 x 高収益率」だけを目指す必要は無いですよ、という事です。すべてを右上に寄せようとすると、結局、集団全体としては必ず9セルに分布される訳なので、道具の使い方として注意が必要かと。

  • 全てが親衛隊でいいのか?
    ここで理想的とされる右上の「ブランド親衛隊」は「推奨意向が高く、満足して買っている」という事になる。一方で、満足度と推奨意向やリピート購買は相関しないという調査*2もあるので、この図を自社で利用する場合には、そもそも成立するのかどうかをリサーチしてから使った方が良いと思う。 
  • 収益レベルの捉え方
     表の縦軸で表されている収益性の算出ロジックはRFM分析に近い印象。RFMのMでRとFを乗じた数字を除している感じです。つまり、100万円消費してもらうのに何回買い物してくれたかで収益性を見ている事になるのだと思います。ただ、「回」と「頻度」同じことにも思えるので、そこは書籍を読んで確認した方が良いかもしれません。単純に考えると、以下のA,B,Cはいずれも同じ期間に100万円消費しているが、価値は同じという事になります。ここは企業によっては評価が分かれるところかもしれません。特に、「推奨する」

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Visit Freq. : 買い物回数、ASP : 平均購買額として計算。

2) NPSのロジック全般について 
  • 打ち手が導き出せるかどうか?
    NPSの計算根拠である Promoter - Detractor で見た場合、Neutral に属するセグメントに対する打ち手が導き出しにくいこと。

  • 成長指標になるのか?
    成長指標として導入した場合、NPSの高いオーディエンスに絞っていけば ( = 非推奨者を排除していく) 自ずとスコアは高く出る。しかしこれは単なる縮小均衡にもつながる行為。「お得意さん」とだけコミュニケーションしていれば一定のNPSは維持しやすい。

  • 成立しにくいカテゴリもあるんでね?
    ニッチな製品やサービスなどでは成立しにくいのではないだろうか?
    超高価格帯 (絶対値の意味と各カテゴリ内での相対的なものと両方) については、推奨されても消費できない消費者が多いはず。例えば、フェラーリが好きでも買う人は限定的、というようなパターン。いくら好きでも普通の人には手が届かない。
     

  • その数字をどうアクションにつなげるか、が導出しにくい
     これは、3)でも触れている「業界平均」の話と関連します。自社のNPSの絶対値が競争環境において適正な水準にあるかどうかを確認するには、業界の平均値と比較する必要があります。
     ところが、この業界の平均値を算出する際に、各ブランドを遍く消費している同一人物に尋ねている訳ではないので、そこには個人差が生じます。一般的に競争環境にある市場においては差別化を前提としており、その差別化の結果として各ブランドの消費者がいると考えた場合 、あるカテゴリにおけるブランドAとブランドBのNPSを比較しても実は意味が無いのではないか、という疑問が出てきます。
     もう少し分かりやすく言うと、あるカテゴリにおいてシェアトップのブランドと、シェア数%のニッチブランドのNPSを比較して、どちらが高いか低いか(故にどちらが優れているか) を論じる事にあまり意味は無いのではないか、という話です。
3)何となく違和感が見えてきた

 既にNPSの持つロジックについて十分にケチをつけておいて「何となく見えてきた」も無いだろうという感じですが、浅い理解で好き勝手に批評してみて何となく腹の中に居座る違和感の正体が分かってきた。

  1. 二択で良い
     推奨度を聞くのであれば、「推奨するか(したか)、否か」を二択で問えば良いのではないか? 同様にスコア7-8を「中立」と解釈してしまうあたりのご都合主義も気になるところ。

  2. 結局確認出来ている訳では無い
     推奨する可能性を聞いているに過ぎないので、「9-10点」の推奨者が、本当に推奨したかどうかを確認する術が無い。

  3. 「勧める」→「購入する」の因果関係が弱いので売上との関係を強調し過ぎない
     その商品の非ユーザに対して「勧められたら買いますか」と聞いている訳ではないので「勧める人が増える事」= 「新規顧客や購買頻度が上がる事」とは言い切れない。
     売上に寄与するのであれば、業界平均*3がマイナスの場合、その業界自体がシュリンクしていてもよさそうだが必ずしもそうでは無いので、あまり「売上」という定量的な尺度と顧客の定性的な意向を紐づけない方が良いと思う。

❖まとめ、というか所感

  • NPSという評価手法そのものが駄目という訳では無い。(どんな道具も使い方次第)
  • NPSの上がり下がりよりは「非推奨者」から問題を抽出する使い方が有効。
  • その意味でリサーチ会社のモニターにNPS聞いてもあまり活かせない気がする。
  • 他の指標と組み合わせる事で新たな視座が得られるので、この9セルでの細分化は面白い。特に、時系列で追っていく事の重要性なんかは強く共感するところ。
  • そもそも顧客セグメントをこの9セルで分類できるシステムを持っている事も大事というか、ハードル高い企業はたくさんありそうな気がする。

なんだか最後は凡庸なまとめに着地してしまいました。そしてここまで書いていて、もしかするとメーカーより流通の方がNPSは活かせるような気もしてきた。とても直感的なので、こちらについては日を改めて考えてみる事にする。

 

 尚、最後にこちらの方がより専門的にNPSが内包する問題点について考察されていますので、興味がある方は一読推奨。

www.sociomedia.co.jp